地銀や信金、副業を解禁 異分野に人脈拡大

地域金融機関で職員の副業を認める制度を導入する動きが出始めた。多様な働き方を受け入れる仕組みを取り入れ、職場の魅力を高める狙いだ。利益相反などの恐れから、地域金融機関は他業種に比べて副業の解禁に慎重だった。地元の事業者からは、副業人材が新たな担い手になると期待する声もある。

京都北都信用金庫京都府宮津市)は4月、全国の信金で初めて副業を解禁した。対象は勤務期間が3年以上の正社員や嘱託、パートなど約740人。運用基準を設け、試験的に解禁した。10月にも就業規則を変更して本格的な解禁に踏み切る予定だ。

希望者は申請書を提出し、信金から許可を得られれば1週間40時間の範囲内で副業できる。対象の曜日は土日祝日のみで、平日は認めない。労務管理のため毎月、副業で働いた勤務時間や業務内容などの報告を求める。

地盤の京都北部は過疎化と人口減が進んでいる。若手人材の不足は深刻で「地元の事業者から『うちにも信金の職員に副業で来てほしい』との要望が相次ぐなど、反響は大きい」(人事部)。5月には営業担当の男性職員が地元飲食店で副業で働いた。

地方銀行では、東京スター銀行が4月、入社4年目以上の行員を対象に副業を解禁した。既に25人が制度を活用しており、大学講師や管理栄養士、アプリ制作の受注など、異分野で副業している。

日本サッカー協会に登録し、選手の代理人業務を手がける人もいるという。同行は「ビジネスの多様化に対応できる人材の育成につなげたい」(広報室)と説明する。

HR総研が2020年卒予定の学生に「敬遠したい業界」を聞いたところ、「地方銀行・信用金庫」は文系で2位、理系でも3位となった。地域金融機関は長引く低金利などで事業環境が厳しさを増しており、就職活動中の若者から敬遠されつつある。

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一方、労働政策研究・研修機構が18年に公表した調査で、今後5年先を見据えた副業・兼業の意向を労働者に聞いたところ「新しくはじめたい」「機会・時間を増やしたい」が4割弱に上った。副業の解禁で、大学生らが魅力を感じる柔軟な組織をアピールする効果も見込める。

福島が地盤の東邦銀行は6月、パートやアルバイトを含む約3000人の全行員に副業を認めた。「働き方改革」の一環で、地域貢献や行員の特技を生かせる副業を認める。8月以降、セミナー講師など数件の副業を認めた。制度に関心を持つ各地の金融機関から十数件の問い合わせがあったという。

 

定年「延長」だけじゃない 転職・起業…60代から新天地 政府も法改正で後押しへ

会社員にいつか訪れる定年。国の調査では約8割の企業が60歳と定めている。その後の再雇用の仕組みもあるが、定年を機にあえて違う業種や職種へ転職したり、起業や資格取得により独立したりする人が目立ってきた。一定の年齢に縛られず、新天地に活躍の場を求める人たちを追った。

メーカーの製造責任者からサービス業の採用担当に――。パソナグループで契約社員として働く森田民哉さん(60)は3月から業種も職種も異なる会社で第二の人生を歩み始めた。

大学卒業後、大手電子部品メーカーに就職。海外現地法人の社長も務め、ほぼ一貫して現場でのモノ作りを担当してきた。昨年11月の定年前には比較的有利な条件での再雇用を打診されたが森田さんは断った。「元気なうちに新しい仕事に挑戦したかった」からだ。今年初め、パソナが定年退職者を「エルダーシャイン」の名称で募集し始めたと知り、迷わず応募した。

現在は週5日、フルタイムで勤務する。来年入社する第2期エルダーシャインの採用業務が担当だ。東京・大手町の社内を駆け回り、今後入るエルダーシャインの職場を開拓する。

働きながら森田さんが心がけているのが毎週1回のスポーツジム通いと月2回の登山だ。「定年は自分で決める。少しでも仕事を続けるため体力維持が欠かせない」と話す。

江成正彦さん(60)は昨年6月、大手電機メーカーでの定年を前に退職し、新会社「eTURF」を立ち上げた。TURFは芝生の意味で、ITを使ってサッカーや野球などの競技場に敷く天然芝の生育管理を支援する。「電子」のeに「いい」の思いを込めた。

きっかけは14年、芝の成長を促進する発光ダイオード(LED)システムの開発、事業化に携わったことだ。芝を管理する「グリーンキーパー」と知り合い、経験と勘に頼る仕事だと気付いた。「このままでは競技に不可欠な芝生を管理する人材が減ってしまう」。ベテランのノウハウをデータで「見える化」しようと思い立った。ただ社内での事業化は難しく、自分の定年も迫っていた。出した答えが起業だった。

会社設立から1年あまりで顧客は十数件に増え、黒字化も見えてきた。それでも当初は期待と不安が交錯した。自信のあったシステムに顧客からの改良要請が相次ぎ出費がかさんだ。

支えとなったのが家族だ。特に100歳になる父親が理解を示し、システム改良に伴う増資にも応じてくれた。会社の急拡大や株式の公開は考えていないが、いずれは数十人規模にして事業を長続きさせたいと話す。定年にとらわれず息長く取り組むのが目標だ。

いずれくる定年を見据え早めに手を打つ人もいる。東京都練馬区社会保険労務士行政書士として活動する本橋秀次さん(61)は49歳で退職、50代で資格を取得し開業した。「老後も収入に困らないようにする」ことが動機だった。

IT化や規制緩和を背景に事業環境は厳しく、「資格さえ持てば仕事が来る時代は終わった」という。それでも「シニアには現役時代に培った人脈という強みがある」と言い切る。特に業種や職種を超えたつながりが仕事の糧になっている。「資格取得だけでなく、人間関係を広げることが長続きのカギ」と話す。

政府は来年、希望する高齢者が70歳まで働けるよう法改正する方針だ。企業には定年延長や再雇用だけでなく、他企業への再就職や起業の支援を努力義務として課す。活動の場が広がったときにチャンスをつかめるか。日々の心がけが一段と重要になりそうだ。  

後藤直久 氏)

非正社員をどうなくすのか

2020年度から「非正社員をなくす」という政府の働き方改革の目玉として、同一労働同一賃金が実施される。無期や有期等、働き方の違いにかかわらず、同じ仕事には同じ賃金との大原則には誰も反対しない。だが、どの賃金を標準にして合わせるかという、もっとも肝心な点が法律上、明確にされていない。

このため「現行の年功賃金が標準」という重大な決定が、官僚が決めるガイドラインや通達で定められている。この結果、すでに職種別賃金が成り立っている派遣社員の賃金まで、派遣先の年功賃金に合わせるべきという、時代錯誤の内容となっている。

過去の高成長期で若年者が大部分を占めていた人口構造の下で成立した年功賃金を、今後、急速な高齢化が進む低成長の日本で本当に維持できるのか。結局、大企業や官庁等、一部の人たちだけが年功賃金の恩恵を受ける一方、よりフラットな賃金に近い中小企業や有期雇用の社員との間には年齢が高まるほど格差が生じる。

これに対して、有期雇用にも年功賃金を適用すれば良いという論理は成り立たない。年功賃金は長期勤続と一体で高賃金を生むため、勤続年数の短い有期雇用は、事実上、適応対象外となるからだ。

有期雇用者を無期化すればよいという労働契約法も、通算で5年になる前に契約更新を打ち切られ、逆に雇用の不安定化が生じている。そもそも不況期に無期雇用が維持されるためには有期雇用の雇い止めが必要という「不都合な真実」から目を背けるべきではない。最近増えている有期雇用には定年退職後の1年契約の再雇用も多い。その賃金が定年前より大きく下がるのも年功賃金の清算である。

年功賃金が修正されると生活できないというのは夫だけが働く高成長期型の世帯である。逆に、夫婦が共に年功賃金の正社員というパワーカップルが増えれば、新たな格差拡大をもたらす。夫婦が共に働き、共に家事・子育てを行う働き方を、速やかに標準世帯とすべきだ。年功賃金を維持したままでの格差是正は、見せかけだけの答えのない問題である。本来の職種別労働市場の下で同一労働同一賃金という王道を目指すべきだ。

日本には「非正社員問題」はない。あるのは経済社会の変化に対応できない「正社員問題」なのである。

吾妻橋 氏)

視覚障害 働き続けるには 70歳現役時代の公的・民間支援 専門機関で技能を訓練

在職中に緑内障などの病気やけがで、視力が極端に弱まるロービジョン状態や失明状態になる人は、定年延長が浸透し70歳現役が現実になるこれから増える見込みだ。視覚障害を持った後も働き続けるため、個人はどんな支援や訓練を受けられるのだろう。相談手順などを探った。

東京都渋谷区にあるUSEN-NEXTグループのUSENの事務センター。網膜色素変性症で視野が約5度に限られる視覚障害者の福住美奈子さんが働いている。音声読み上げソフトを搭載したパソコンを使い、メールなどのデータ集計が彼女の主な仕事だ。

「霧の中にいるような見え方だが、文字は音声化ソフトで読むことができるし、集計はキーボード操作だけでできる」。現在40代の彼女の発病は30代前半。派遣社員として住宅ローン保証会社に8年勤めていたが、症状の進行で視野が狭まり、印鑑照合ができなくなって退職を決意。その間、視覚障害者支援のNPO法人「タートル」(東京・新宿)などで生活・職業両面の力を磨いて仲間もつくった。USENには合同面接会で採用された。

厚生労働省の調査によれば、視力や視野に障害がある人は全国に約31万5000人。うち2割が全盲状態で、8割が視野狭窄(きょうさく)や弱視などロービジョン状態にある。視覚障害の原因は緑内障、網膜色素変性症、糖尿病網膜症の3種で過半を占めている。

視覚障害を持った人がまず必要とするのは、歩行訓練や拡大読書器の利用など生活面のリハビリテーションだ。主治医や勤務先の産業医と相談して休職し、専門機関で自立訓練を受ける。代表は国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)で、北海道函館市、神戸市、福岡市にも視力障害センターがある。

センターで受けられる自立訓練の内容は白杖を使って屋外を歩く歩行訓練、点字やパソコンの音声読み上げソフトを使ってのコミュニケーション訓練、日常生活訓練など。「本人の希望に応じ3~5カ月間、オーダーメード訓練をする。施設内に宿泊する人が多いが、通う人もいる」と下山敬寛視覚機能訓練課長。7月末時点で男性15人、女性4人が訓練中で11人がロービジョン、8人がほぼ全盲という。中心年齢は40~50歳で、訓練費用の自己負担割合は多くが1割という。

次に必要なのは仕事能力の訓練。対象は事務系業務ではエクセルやワードなどパソコンソフトを音声ソフトで操作する技術。これらは所沢市の国立職業リハビリテーションセンターや自治体の委託先の民間サポート機関で学べる。雇用保険から費用が出ることが多く、個人負担は基本的にない。同じ勤務先に復職する場合は、会社がどんな仕事を用意するかによって必要な技術は異なるだけに、それに合わせて選ぶ。

民間の視覚障害者就労生涯学習支援センター(東京・世田谷)はその一つで、東京都の委託で障害者個人向けの知識技能習得コースと、職場に在籍している障害者向けの在職者訓練コースがある。同センターの井上英子代表は「在職者向け講座の受講者は、30~50代で障害を得た人が多いが、障害者雇用促進法による障害者雇用枠で入社した新卒社員に教えることもある」と話す。

雇用保険による支援の特徴は、企業と本人双方が希望する場合、復職後も地域障害者職業センターから企業内に専門家が出向いて働き方や周囲の支援法について具体的な相談に応じるジョブコーチ制度があること。井上代表はジョブコーチも兼ね、昨年は26事業場に304回の支援をした。

USENの福住さんは「視覚障害者の症状は一様ではないが、パソコン作業以外にもできることはあると思う。企業はそれを理解して欲しい」と意欲的だ。

仕事を持つ人が視覚障害を得ればその社員は当然動揺する。そんな時、企業は自立と職業訓練の双方で、本人や産業医、官民訓練機関と密接に連携し、社員を支える必要がある。高齢社員の増加が確実なこれから、相談があった場合、対応の道筋を示せるくらいの備えが必要だ。

(礒哲司 氏)

転職先の「決め方」を決める 条件や給与では迷走も

ミドル世代専門の転職コンサルタント 黒田真行

「欲望(欲求)の二重の一致」という言葉をご存知でしょうか? これは経済学の用語で、しばしば物々交換の成立が困難であることを表現する際に用いられます。ミカンを持っていて、リンゴを欲しがっている人が「リンゴを持っていて、かつ、ミカンが欲しい人」に出会う可能性は極めて低いということです。この物々交換の壁を克服するために貨幣が誕生したといわれています。転職する際にも、これと同じ状況が生じがちです。求職者の希望と、採用する側の要望は簡単には一致しません。では、いざ転職を考えたときに、具体的にどう対応すればいいのでしょうか?

先日、転職相談で会ったAさん(37歳、男性)は、新卒で入社した中堅規模のシステム開発会社で15年もの間、法人営業として実績を残してきました。すでに5人の部下を抱え、自分の予算を持ちながら、若手人材を育成しています。周囲からの信頼も厚く、自信と安定感にあふれた印象でした。

2年前に勤務先の経営者が世代交代して、創業者の長男である現社長が陣頭指揮を執るようになったことをきっかけに、経営戦略や風土が一変したそうです。顧客離れが起こって業績が下降。社内の雰囲気もワンマン経営スタイルの社長の顔色をうかがうようになってしまったことで、ついに覚悟を決めて、転職を考え始めたとのことでした。

ただ、転職の経験がないので、当初は「何から手をつければいいのか」と、かなり戸惑ったそうですが、友人やいくつかの転職エージェントに相談しながら、少しずつ求職活動を始めた段階です。現在は、やはり法人向けの営業で、できれば管理職というポジションで転職をしようと、2、3社に応募している状況でした。

■Aさんの言葉にのぞいた「メーカー、中小」観

転職先に関する希望条件は、下記の3条件を挙げています。

・子供が小学生で、まだまだお金もかかるので、できるだけ年収は維持したい(最低でも現在の800万円程度)。

・経営者の考え方ひとつで、いかに働きがいが変わるかを痛感したから、共感できる理念やビジョンを持つ会社を選びたい。

・長く情報システム業界で働いてきた。できれば、その土地勘を生かすべく、IT(情報技術)関連業界を望む。

どれも妥当な条件設定です。まだまだ第一線で活躍していく意欲が強く、成長余地も大きいAさんであれば、急がずに活動すれば十分に選択肢はあるはずだと感じました。

「ただ、法人向け営業でやってきた経験はほかの業界でも生かせる可能性があるので、メーカーの営業職でもいいかなと考えています。欲を言えば、今後の安定性を考えると、前職よりも従業員数が多い企業であれば、自分的にはベターですね」

■「自己中」な態度を、採用側は見抜く

転職先に限らず、住宅、クルマを選ぶときなど、様々な選択の意思決定をする際に、条件の数が増えてくると、次第にMUST(ぜひとも)条件からWANT(できれば)条件に拡大していきます。そして条件が増えれば増えるほど、対象の数が減り、価格が高騰したり、見つけるまでに時間がかかったりというトレードオフが発生します。

また、クルマや住宅のようなモノではなく、相手が受け入れ企業の人事責任者というヒトになれば、相手方の気持ちという要素も加わってきます。相手の心証を害すると、さらに可能性を狭めることにもつながりかねません。

個人にとっての転職活動が、自分や家族の人生に関わる一大事であるのと同じように、企業にとっての採用活動は、自社の成長や存続に関わる重大な意思決定です。「次はメーカー営業でもいいかな」「多少規模が小さくてもいいかな」というような自分本位のスタンスは、それを隠しているつもりでも、面接のプロである人事や経営者に見抜かれるおそれがあります。

軽い気持ちで応募してしまって不採用になってしまうことは、時間の無駄遣いになるだけでなく、もし別のタイミングでその企業に本気で応募しようとしたときにチャンスを失うことにもつながりかねないので、避けたほうが得策です。「とにかく数を受けて合格確率を上げる」とか、「面接の練習がてら受けてみる」という意見もありますが、本気度が低いアクションは、そのいずれにも効果がないことは明らかです。

転職先を探して選ぶという行為は、ほとんどの人にとっては慣れないことなので、大変に難しいものです。転職活動の「相場を知る」ということが大原則ではありますが、どうやれば相場がわかるかがわからないというのが実態だと思います。

転職活動者の中には、まれに「最初から自分の天職が確定している(周囲から見ても納得できる状態)」という人や、「資格などの取得難易度が高いキャリア資産を持っていて、それ以外の選択肢が非現実的(医師、弁護士、建築士、看護師、パイロットなど)」という人もいますが、そういうケースは一般的には少数派です。

■自分本位を避け、相手のニーズを重視

転職先選びに迷うとか、判断基準が決められないという場合は、いきなり転職先の業界や職種を決めようとせずに、「転職先をどう決めるかという決め方を決める」ことをおすすめしています。転職先選びには迷わなかったけれど、転職活動では苦戦しているという人は、自分の会社選び・仕事選びに、「思い込み」や「決めつけ」の要素がないかを検証してみたほうがいいかもしれません。

「転職先の決め方を決める」ための観点として、以下にいくつかの例をまとめてみました。業界や職種、給与などの条件をいきなり決めてしまうのではなく、下記のような観点から、まずは基準(ものさし)をいくつか決めて、次に基準ごとの「重みづけ」を決めると、自分ならではのものさしができあがるはずです。活動中に迷ったときに、そのものさしにいつでも立ち返ることができると、不安も軽減されます。

【現状把握からの観点の例】

・「退職した理由」から客観的に「転職先の条件」を考える

・現在の自分のキャリアの立ち位置から「転職先の可能性」を考える

・これまでにやってきたことを分解して、再活用したい経験・スキルとそうでもないものを切り分けて「転職先の候補」を洗い出す

【会社・組織系観点の例】

・自分がモチベーションを感じられる業界や事業テーマから考える

・どのような社風・人間関係が合うかどうかから考える

・金額・条件が合う水準かどうかから考える

・企業の規模や環境から考える

・デジタル領域かアナログ領域かから考える

【仕事・役割系観点の例】

・目指すのは、スペシャリストかゼネラリストかから考える

・仕事の自由度や意思決定に関与できる度合いがどうかから考える

・希望する働き方がハードかマイルドかから考える

上に挙げた例でも述べたように、個人個人にとっての転職活動が人生を懸けたものであるのと同様に、1社1社の採用活動もまた、社運を懸けた一大事です。転職の失敗は、採用の失敗でもあり、個人にとっても企業にとってもダメージは大きなもの。だからこそ、転職活動は、見かけの条件やイメージだけではなく、慎重に進めていただきたいと思います。

個人にとって転職活動は孤独であるがゆえに、自分本位なものになりかねない可能性を豊富にはらんでいます。自分本位になればなるほど、よい結果につながりにくくなります。

よい転職を実現する最も重要な原則は、相手の立場に立つことです。この場合の相手とは、迎える側の企業の経営者や、人事の担当者、上司になるかもしれない立場の人たちのことです。

自分が逆の立場なら、どんな強みや能力を持った人を迎え入れたいか、あるいは自分たちと一緒に働くことにどんな期待を持ってくれている人に会いたいか。自分の想像力を思いきり働かせ、相手の視点に立ってみることで、本当に自分が必要とされ、貢献実感が持てる場所を見つけてもらえればと思います。

総務長が育休1カ月、トップ不在が育てる職場

積水ハウス 埼玉南シャーメゾン支店  大村 孝史さん

男性社員が1カ月以上の育児休業を完全取得する「イクメン休業」制度を、会社一丸となって推進する積水ハウス。埼玉南シャーメゾン支店で総務部門を取り仕切る総務長の大村孝史さん(39)は、2018年9月の制度導入からほどなく、まるまる1カ月間の育休を取得した。部門トップの長期不在に際し、事業本部、支店、総務課員が連携して綿密に準備。総務特有の多岐にわたる業務を滞りなく運営し、支店内、社内で男性社員の休業取得の機運を高める結果となった。休み中は地域とも積極的にかかわり、男女共同参画に理解がある住宅メーカーとの評価も獲得。業務効率化を通じて「残業が当たり前」との意識を払拭する働き方改革にもつながっている。

「立場的にも、率先して取らなければいけない。そんなミッションがありました」。大村さんがイクメン休業を取得したのは、18年11月から12月にかけての連続1カ月間。第2子の長男が1歳1~2カ月の期間だった。

積水ハウスが「イクメン休業」と呼ばれる特別育児休業制度を立ち上げたのは18年9月。仲井嘉浩社長の旗振りで、3歳までの子どもを持つ男性社員は原則全員、1カ月にわたる育児休業を取得する。男性社員が積極的に育児にかかわる機会を後押しし、ダイバーシティを推進するのが狙いだ。制度上は4回まで分割取得ができるが、大村さんは途中に3日間の出勤を挟む以外は事実上の連続休業を決断。支店のさまざまな業務を担う総務部門のトップとしては挑戦的な試みだった。

制度の開始を受けて社内で育休取得の対象者リストが公表されたのは18年秋。そこには長男が生後10~11カ月に差し掛かっていた大村さんの名もあった。ほどなく支店が属する東日本建築事業本部の聞き取りが始まり、本社のダイバーシティ推進部からは取得計画書を提出するよう求められた。計画書とは、取得予定日、連続・分割の取得パターン、引き継ぐ業務とその内容、フォロー担当者などを具体的に記入し、パートナーが署名した上で会社に提出するシートだ。「家族を幸せに」「ESG経営のリーディングカンパニー」「社内のコミュニケーションを円滑化する」といったイクメン休業の目的を踏まえて各自がまとめる。これを書き込む段になって、大村さんは事業本部の伊藤勝敏総務部長から「休業は1カ月まとめて取り、組織のガバナンス強化のためにも、会社のロールモデルになってほしい」と電話を受けた。

ダイバーシティを担当する伊藤みどり執行役員からも電話が入った。「社会的にも関心が高まっているこのイクメン休業を、社員とその家族が幸せになるための時間として有意義に過ごしてほしい」。2本の電話でイクメン休業に対する大村さんの意識が変わっていった。

正直なところ、管理職である総務長には1カ月連続の休みはさすがに縁がないだろうと受け止めていた。「1週間ずつの分割取得が無難だと思っていたのですが、まとめて取得するよう言われて1日悩みました」。1カ月連続となると心構えも違う。総務課の部下は女性3人。3人とも子育て中でうち2人は時短勤務だ。3人とも仕事ぶりはしっかりしているとはいえ、課の業務分担は専任制をとっている。どうすれば1カ月休めるのか。大村さんは模索を始めた。

このころ、ガバナンスの強化は支店の検討課題だった。「私やほかの誰かが病気などでいなくなったときでも回るような、統制が取れるような組織をつくらなければいけない」。北脇和仁支店長とは常々そんな話をしていた。自分が1カ月不在にする今回はうってつけのチャンスではないかーー。そこで課員に1カ月の休業取得を告げたところ、3人の返事は「いいじゃないですか! ぜひ家族のために取得してください!」。それならがんばろうか、と背中を押される思いがした。

育休の取得は2カ月後からに設定した。その間、総務課でナンバー2の田中華織主任に自身の業務を教え、総務長の基本的な仕事を代行できるよう指導していく。まずは課員を集めて業務の洗い出しに着手。気が付けば多様な仕事が山積するのは総務の宿命だ。そこで各人が担っている業務をリスト化し、不要と思われる仕事、惰性で続けてきた仕事をふるいにかける。その上で残った業務を課員に割り振っていく。不都合な点は2カ月のうちに見直すことにした。

設計課、建築課など支店の他部署に任せた方がいい仕事も見極めた。トップが休みに入る組織として、仕事量はできるだけスリムにしておくことが必要、との考えからだ。人員が「1減」になる以上、ほかの課員の仕事が単純に増えるのは避けたい。業務を見直し、より活発なコミュニケーションを試みた結果、課内の風通しと業務効率は格段に良くなった。

事業本部からは早々に全面支援の意思表示があった。各支店の総務長が集まる会議でも「どういうフォローが必要ですか?」との働きかけがあった。大村さんは当初、事業本部内の総務長たちに「これを助けて」「あれを手伝って」と伝えるつもりでいた。そこで依頼内容を課員3人に相談したところ、回答は「自分たちだけでできる限りの事をやってみます」というものだった。

総務長として心がけたのは、支店内のコミュニケーションを活性化することだった。各課の壁を取り払うというより、5役と呼ばれる支店の幹部レベル(総務、営業、設計、管理、建築の各部門トップ)で連携を取りやすいようにすること。自分が休んでいる時にはそれが課員の助けになると考えた。そのうえで、5役はもちろん、支店長や次長に協力を依頼し、業務上、一般課員では判断できない仕事については判断を委ねる段取りをつけた。

万全を期して休業に入ったのは18年11月10日。起床から寝かしつけまで、6歳の長女、1歳の息子とつきあう日々が始まった。予防接種や通院は1日がかり。荷物もある。子どもは泣く。男性1人で子どもを連れて来ている人は、待合室ではほかにいなかった。今日はパパと一緒なんだね、と話しかけられるたび「育児休業を1カ月取ってるんです」と積水ハウスの名も出して説明した。「とてもいいことですね」「いい会社ですね」。否定的な反応はほぼなかった。「すごくプラスだと思い、いろいろな人と話しました」

子育てで過ごす1日はあっという間だった。朝、準備を終えると児童館や公園に出かける。縄跳びを楽しんだり、芝生で歩く練習をしたり。動物園に行くこともある。午後4時には帰宅して風呂に入れる。5時半から夕食を食べさせ、6時半には寝かしつけ。翌朝は5時半に起きる。生活時間帯は仕事をしている時より1時間以上前倒しに。仕事に復帰した今でも「午後6時のチャイムが鳴ると、家にいる子どもたちはご飯を食べてもうすぐ寝るのかなと思います。時間の意識はすごく強まりましたね」。

準備万端で臨んだとはいえ、休業中、まったく不安を感じないわけではなかった。最たるは自分あての業務メールだ。イクメン休業中であることを全社が知っているわけではない。期限付きで報告を求めるメールなどは当然スルーできず、誰かに「お願い」するしかない。基本的には総務長の仕事を任せた田中主任に転送するが、当初はそのたびに「申し訳ない気分」に陥っていた。

そんな気持ちが切り替わったのは2週間余り後、3日間だけ出勤したときのことだ。どうしても自分にしかできない業務を処理するため、事前に決めた日程どおりだったが、「この経験が大きくて。それまでは業務が止まっていないかな、という不安もあったのですが、予想外に書類はたまっていなかった」。この出勤期間、自身の不安、課員が抱いている不安について上司も交えて話し、すり合わせができた。課員が3人とも育休を経験済みで、理解があり、文句も言わず的確に業務を処理してくれたことも大きかった。結果的に「業務が滞る」との不安は解消され、後半はより充実した育休になった。

育休期間中は、これまでなかなか縁遠かった地域コミュニティーにも関わりができた。地域と積極的に関わる、いわゆる「イキメン」だ。たとえば地域のイベントを自治体のホームページで探し、公民館や児童館でやっているイベントに子連れで参加。朝から子供2人と並び、足形や手形を作るなどして楽しんだ。娘と一緒に10キロのスリーデーマーチウォークに仲間と参加したり、2キロの親子マラソンにも出場し、手をつないでゴールした。「仕事だけやっていると地域とのつながりが取れないので、意識的に飛び込んだ」


家族でキャンプに出かけたことも

東京ディズニーリゾートや、子どもの職業体験型テーマパーク「キッザニア」に家族旅行もした。ディズニーで並んでいるとき、隣の女性に声をかけられた。平日に子連れ、怪しまれているなと思ったので、「育児休業なんです」と先回りすると「すごいですね」。「これからの時代は男性も育児参加しないといけないと思う。そういうことを会社が推奨してくれたので来ていますーー」。さり気なく「積水ハウスです」と会社のアピールも加える。自身は総務だが、営業ならこの経験は間違いなくプラスだろう。予防接種に付き添った体験談なども、営業の現場で格好の話題になるに違いない。

復帰後の手応えが大きかったのは、やはり課員の成長ぶりだった。各自が考えて、自主的に動き、情報を共有する。全社に発信するメールも、文章づくりからから大村さんに相談していた休業前とは違い、「この内容で発信していいですか」と言ってくるようになった。部署を越えた相談ごとも解決できるようになり、他支店ともコミュニケーションが取れるようになってきた。本当に成長してくれた、と思っている。「会社のガバナンスや、会社を良くするための側面からすれば、1カ月連続で休業を取ったのはよかったと思います。1週間ごとの細切れ取得では、やはり部下の成長は限られるはずです。あと3日で帰ってくる、それではやらないですよね。あと3日待っていればいいや、って」。自分が1カ月いなかったからこそ課員もがんばれた。

残業についての自身の意識も変わった。子供がもう寝ようとしてる午後6時に、自分はまだまだ仕事というのは......と、家族の生活時間帯に合わせて考える意識が生まれた。今までは時計が6時を打ってもさほど気にしていなかった。今はそのチャイムが鳴る前に終わらせようと決めているし、それを過ぎたら「遅いな」という感覚。いつも帰宅できるわけではないが、6時を目指して仕事の効率化はできるようになってきた。

大村さんはじめ男性社員のイクメン休業取得を一貫してバックアップしてきた北脇支店長は「トップの業務効率が高いと、そのチームの業務効率も高くなる。そのチームは残業が少ない」と指摘する。「反対に、トップの時間管理が緩いチームは生産性が良くない」

社内には育児休業中の社員や、フルタイム勤務ではない時短社員も多い。大村さんは朝の準備や「お迎え」の大変さ、そこに配慮するのがいかに大切か身をもって理解した。自分は1カ月だったが、1年、2年と育休を取る人がどれだけ不安かということも理解できる。育児には逃げ場がない。子どもが風邪をひいたら「病院に行ってあげて。家族を大事にして」と素直に言えるようになったし、否定的な反応をする社員がいたらその場で指摘できる。そんな上司でいることが使命だと自任している。周囲の理解と協力があって経験させてもらったことを大事にし、周囲に働きかけていくつもりだ。

 

健康経営とは

「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。

経済産業省では、健康経営に係る各種顕彰制度として、平成26年度から「健康経営銘柄」の選定を行っており、平成28年度には「健康経営優良法人認定制度」を創設しました。

優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業」として社会的に評価を受けることができる環境を整備しています。

なお、健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つです。