転職先の「決め方」を決める 条件や給与では迷走も

ミドル世代専門の転職コンサルタント 黒田真行

「欲望(欲求)の二重の一致」という言葉をご存知でしょうか? これは経済学の用語で、しばしば物々交換の成立が困難であることを表現する際に用いられます。ミカンを持っていて、リンゴを欲しがっている人が「リンゴを持っていて、かつ、ミカンが欲しい人」に出会う可能性は極めて低いということです。この物々交換の壁を克服するために貨幣が誕生したといわれています。転職する際にも、これと同じ状況が生じがちです。求職者の希望と、採用する側の要望は簡単には一致しません。では、いざ転職を考えたときに、具体的にどう対応すればいいのでしょうか?

先日、転職相談で会ったAさん(37歳、男性)は、新卒で入社した中堅規模のシステム開発会社で15年もの間、法人営業として実績を残してきました。すでに5人の部下を抱え、自分の予算を持ちながら、若手人材を育成しています。周囲からの信頼も厚く、自信と安定感にあふれた印象でした。

2年前に勤務先の経営者が世代交代して、創業者の長男である現社長が陣頭指揮を執るようになったことをきっかけに、経営戦略や風土が一変したそうです。顧客離れが起こって業績が下降。社内の雰囲気もワンマン経営スタイルの社長の顔色をうかがうようになってしまったことで、ついに覚悟を決めて、転職を考え始めたとのことでした。

ただ、転職の経験がないので、当初は「何から手をつければいいのか」と、かなり戸惑ったそうですが、友人やいくつかの転職エージェントに相談しながら、少しずつ求職活動を始めた段階です。現在は、やはり法人向けの営業で、できれば管理職というポジションで転職をしようと、2、3社に応募している状況でした。

■Aさんの言葉にのぞいた「メーカー、中小」観

転職先に関する希望条件は、下記の3条件を挙げています。

・子供が小学生で、まだまだお金もかかるので、できるだけ年収は維持したい(最低でも現在の800万円程度)。

・経営者の考え方ひとつで、いかに働きがいが変わるかを痛感したから、共感できる理念やビジョンを持つ会社を選びたい。

・長く情報システム業界で働いてきた。できれば、その土地勘を生かすべく、IT(情報技術)関連業界を望む。

どれも妥当な条件設定です。まだまだ第一線で活躍していく意欲が強く、成長余地も大きいAさんであれば、急がずに活動すれば十分に選択肢はあるはずだと感じました。

「ただ、法人向け営業でやってきた経験はほかの業界でも生かせる可能性があるので、メーカーの営業職でもいいかなと考えています。欲を言えば、今後の安定性を考えると、前職よりも従業員数が多い企業であれば、自分的にはベターですね」

■「自己中」な態度を、採用側は見抜く

転職先に限らず、住宅、クルマを選ぶときなど、様々な選択の意思決定をする際に、条件の数が増えてくると、次第にMUST(ぜひとも)条件からWANT(できれば)条件に拡大していきます。そして条件が増えれば増えるほど、対象の数が減り、価格が高騰したり、見つけるまでに時間がかかったりというトレードオフが発生します。

また、クルマや住宅のようなモノではなく、相手が受け入れ企業の人事責任者というヒトになれば、相手方の気持ちという要素も加わってきます。相手の心証を害すると、さらに可能性を狭めることにもつながりかねません。

個人にとっての転職活動が、自分や家族の人生に関わる一大事であるのと同じように、企業にとっての採用活動は、自社の成長や存続に関わる重大な意思決定です。「次はメーカー営業でもいいかな」「多少規模が小さくてもいいかな」というような自分本位のスタンスは、それを隠しているつもりでも、面接のプロである人事や経営者に見抜かれるおそれがあります。

軽い気持ちで応募してしまって不採用になってしまうことは、時間の無駄遣いになるだけでなく、もし別のタイミングでその企業に本気で応募しようとしたときにチャンスを失うことにもつながりかねないので、避けたほうが得策です。「とにかく数を受けて合格確率を上げる」とか、「面接の練習がてら受けてみる」という意見もありますが、本気度が低いアクションは、そのいずれにも効果がないことは明らかです。

転職先を探して選ぶという行為は、ほとんどの人にとっては慣れないことなので、大変に難しいものです。転職活動の「相場を知る」ということが大原則ではありますが、どうやれば相場がわかるかがわからないというのが実態だと思います。

転職活動者の中には、まれに「最初から自分の天職が確定している(周囲から見ても納得できる状態)」という人や、「資格などの取得難易度が高いキャリア資産を持っていて、それ以外の選択肢が非現実的(医師、弁護士、建築士、看護師、パイロットなど)」という人もいますが、そういうケースは一般的には少数派です。

■自分本位を避け、相手のニーズを重視

転職先選びに迷うとか、判断基準が決められないという場合は、いきなり転職先の業界や職種を決めようとせずに、「転職先をどう決めるかという決め方を決める」ことをおすすめしています。転職先選びには迷わなかったけれど、転職活動では苦戦しているという人は、自分の会社選び・仕事選びに、「思い込み」や「決めつけ」の要素がないかを検証してみたほうがいいかもしれません。

「転職先の決め方を決める」ための観点として、以下にいくつかの例をまとめてみました。業界や職種、給与などの条件をいきなり決めてしまうのではなく、下記のような観点から、まずは基準(ものさし)をいくつか決めて、次に基準ごとの「重みづけ」を決めると、自分ならではのものさしができあがるはずです。活動中に迷ったときに、そのものさしにいつでも立ち返ることができると、不安も軽減されます。

【現状把握からの観点の例】

・「退職した理由」から客観的に「転職先の条件」を考える

・現在の自分のキャリアの立ち位置から「転職先の可能性」を考える

・これまでにやってきたことを分解して、再活用したい経験・スキルとそうでもないものを切り分けて「転職先の候補」を洗い出す

【会社・組織系観点の例】

・自分がモチベーションを感じられる業界や事業テーマから考える

・どのような社風・人間関係が合うかどうかから考える

・金額・条件が合う水準かどうかから考える

・企業の規模や環境から考える

・デジタル領域かアナログ領域かから考える

【仕事・役割系観点の例】

・目指すのは、スペシャリストかゼネラリストかから考える

・仕事の自由度や意思決定に関与できる度合いがどうかから考える

・希望する働き方がハードかマイルドかから考える

上に挙げた例でも述べたように、個人個人にとっての転職活動が人生を懸けたものであるのと同様に、1社1社の採用活動もまた、社運を懸けた一大事です。転職の失敗は、採用の失敗でもあり、個人にとっても企業にとってもダメージは大きなもの。だからこそ、転職活動は、見かけの条件やイメージだけではなく、慎重に進めていただきたいと思います。

個人にとって転職活動は孤独であるがゆえに、自分本位なものになりかねない可能性を豊富にはらんでいます。自分本位になればなるほど、よい結果につながりにくくなります。

よい転職を実現する最も重要な原則は、相手の立場に立つことです。この場合の相手とは、迎える側の企業の経営者や、人事の担当者、上司になるかもしれない立場の人たちのことです。

自分が逆の立場なら、どんな強みや能力を持った人を迎え入れたいか、あるいは自分たちと一緒に働くことにどんな期待を持ってくれている人に会いたいか。自分の想像力を思いきり働かせ、相手の視点に立ってみることで、本当に自分が必要とされ、貢献実感が持てる場所を見つけてもらえればと思います。