定年「延長」だけじゃない 転職・起業…60代から新天地 政府も法改正で後押しへ

会社員にいつか訪れる定年。国の調査では約8割の企業が60歳と定めている。その後の再雇用の仕組みもあるが、定年を機にあえて違う業種や職種へ転職したり、起業や資格取得により独立したりする人が目立ってきた。一定の年齢に縛られず、新天地に活躍の場を求める人たちを追った。

メーカーの製造責任者からサービス業の採用担当に――。パソナグループで契約社員として働く森田民哉さん(60)は3月から業種も職種も異なる会社で第二の人生を歩み始めた。

大学卒業後、大手電子部品メーカーに就職。海外現地法人の社長も務め、ほぼ一貫して現場でのモノ作りを担当してきた。昨年11月の定年前には比較的有利な条件での再雇用を打診されたが森田さんは断った。「元気なうちに新しい仕事に挑戦したかった」からだ。今年初め、パソナが定年退職者を「エルダーシャイン」の名称で募集し始めたと知り、迷わず応募した。

現在は週5日、フルタイムで勤務する。来年入社する第2期エルダーシャインの採用業務が担当だ。東京・大手町の社内を駆け回り、今後入るエルダーシャインの職場を開拓する。

働きながら森田さんが心がけているのが毎週1回のスポーツジム通いと月2回の登山だ。「定年は自分で決める。少しでも仕事を続けるため体力維持が欠かせない」と話す。

江成正彦さん(60)は昨年6月、大手電機メーカーでの定年を前に退職し、新会社「eTURF」を立ち上げた。TURFは芝生の意味で、ITを使ってサッカーや野球などの競技場に敷く天然芝の生育管理を支援する。「電子」のeに「いい」の思いを込めた。

きっかけは14年、芝の成長を促進する発光ダイオード(LED)システムの開発、事業化に携わったことだ。芝を管理する「グリーンキーパー」と知り合い、経験と勘に頼る仕事だと気付いた。「このままでは競技に不可欠な芝生を管理する人材が減ってしまう」。ベテランのノウハウをデータで「見える化」しようと思い立った。ただ社内での事業化は難しく、自分の定年も迫っていた。出した答えが起業だった。

会社設立から1年あまりで顧客は十数件に増え、黒字化も見えてきた。それでも当初は期待と不安が交錯した。自信のあったシステムに顧客からの改良要請が相次ぎ出費がかさんだ。

支えとなったのが家族だ。特に100歳になる父親が理解を示し、システム改良に伴う増資にも応じてくれた。会社の急拡大や株式の公開は考えていないが、いずれは数十人規模にして事業を長続きさせたいと話す。定年にとらわれず息長く取り組むのが目標だ。

いずれくる定年を見据え早めに手を打つ人もいる。東京都練馬区社会保険労務士行政書士として活動する本橋秀次さん(61)は49歳で退職、50代で資格を取得し開業した。「老後も収入に困らないようにする」ことが動機だった。

IT化や規制緩和を背景に事業環境は厳しく、「資格さえ持てば仕事が来る時代は終わった」という。それでも「シニアには現役時代に培った人脈という強みがある」と言い切る。特に業種や職種を超えたつながりが仕事の糧になっている。「資格取得だけでなく、人間関係を広げることが長続きのカギ」と話す。

政府は来年、希望する高齢者が70歳まで働けるよう法改正する方針だ。企業には定年延長や再雇用だけでなく、他企業への再就職や起業の支援を努力義務として課す。活動の場が広がったときにチャンスをつかめるか。日々の心がけが一段と重要になりそうだ。  

後藤直久 氏)